歴史を踏まえたビジネス思考

考える女性 マネジメント

起業相談の際に、どんな書籍を読んだらいいのか、どんな考え方で経営したらいいのかなどのご相談も受けることがあります。

「行動が最も重要なんです、その上で、、」とあらかじめ断りつつ、折に触れて振り返ったり、ベースとなると思考様式の重要性は、人によって個別性が高いとはいえ、その中で多くの方が迷われている点に絞ってお伝えしたいと思います。

ビジネスの欧米化

第二次世界大戦で、日本軍が負け始める原因を記した名著『失敗の本質』(野中郁次郎ほか 著、中公文庫)で言及されている通り、ある条件が揃ったときに、日本人は戦略の原理原則や論理よりも情緒や空気に支配される傾向があるようですね。

また日本人は、手元の職人技を磨くのは得意ですが、全体の合理性から判断してリーダーシップを発揮することが不得意とされてきました。

そのような顛末を物語るもう1つの代表例「バブル経済」が崩壊した後、20世紀後半の日本ではMBAや欧米式経営が経営の王道であるかのように称えられ、合理的経営に変革しようとする組織、MBAから派生するロジカルシンキング、フレームワークなどを学ぼうとするビジネスマンが急増しました。

これに加えて、インターネット市場が急成長したこともあり、すべてがデータで可視化されやすいこの産業と資本論理が結びつき、フレームワーク化された経営スタイルがさらに評価されるようになります。

戦略策定、逆算思考、論理による合理性など、演繹的なアプローチが企業はもちろん、行政や自治体などでも積極的に取り入れられました。

ビジネス思考潮流の転換点

しかし近年、この思考様式やアプローチのみを頼りにすることに対して、疑問を投げかける欧米や日本のビジネスエリートや知識人の話を、頻繁に見聞きするようになりました。

特に、人生の文脈に働くことがあり、活動そのものの意味を重視しようとする問題意識を、東洋式哲学をヒントに課題設定される話が目立つように思われます。

欧米でのテクノロジーや資本主義などの一尺へ、過度に偏る傾向は、キリスト教という 「一神教」が主流を占めている宗教的背景の影響が大きいようです。 

これに対して東洋的な信仰は、山や石、川などにも神性を見出そうとする「汎神教」を土壌としています。 

日本的普遍の代表例

この点に少なからぬ影響を受けている「日本的普遍」を、具体的に見ていきたいと思います。

れまで多くの知識人や研究者が、膨大な日本論、日本人論に類するものを展開してきましたが、日本的普遍を論じた代表的なものを一つに『忠誠と反逆』(丸山眞男 著、ちくま学芸文庫) という名著があります。

この中で筆者は、「日本的普遍」を論じるのに『古事記』や『日本書紀』をキリスト教と比較し、神話の世界に見られる人々のあり方や生き方が、現代につながる民族の思考の形を決めているのではないかという仮説を設定します。

そのうえで、本居宣長の『古事記』研究を参考に、日本人の特性として「なる」、「つぎ」、「いきほひ」という3つのキーワードを編みだします。

それぞれ漢字にすれば「成る」、「次」、「勢い」で、意味も一般的な捉え方と大きく変わりません。

日本と欧米の原思想の違い

この説明のために、キリスト教的な発想を先に確認します。

『聖書』冒頭の創世記に登場する神は、無から世界を創造しますが、「つくるもの(神)」と「つくられるもの(自然や人間)」が明確に区別されています。

すなわち、唯一神と被造物は非連続であり「絶対的な断絶」が存在しています。

この断絶は、古事記や日本書紀に見られる「なる」の発想とは真逆です。

「なる」は連続性を基本にしており、「つくる」のような切れ目や断絶がなく、たえず物事が自ずと生成し、増殖していきます。

物事は、自ずと「なる」ものであり、「つぎ」に「つぎ」にと断続のない連続性があり、その対象が持つ「いきほひ」をエネルギーとして前進している。 

古事記や日本書紀の時間的なイメージは、永遠に続く連続性のイメージであり、キリスト教的な神と人間の間に存在する断絶をベースとした世界観とは大きく異なっています。

ここに、日本的発想と西洋的発想の大きな違いがあります。

日本的普遍の特徴

目的や終わりがなく、過去から引き継いできた伝統を守り、次の世代に渡すことが「つぎ」や「いきほひ」という言葉に秘められた発想です。

日本人にとって重要なのは、継続性・連続性を維持することであり、過去や未来ではなく「今」に対する尊重があります。

しかしこの態度は、良くも悪くも、成り行きに任せるという態度と結びつきやすいものです。

成り行き任せで戦略性に乏しい点は、前出の『失敗の本質』でも論じられたことですが、裏を返せば、目の前にある課題と向き合い、次世代につなげていくことに通じています。

日本には創業100年以上の会社が、統計により3万社とも2万社とも言われていますが、国別2位のドイツでも1,000社前後であることを考えると、継続性が際立った特徴の1つとして捉えることができます。

日本的普遍とビジネスの物差し

「いま」を尊重する日本人の徹底的な現場主義的発想は、抽象的な理念によって物事を決めるキリスト教的な態度とは対極なのかもしれません。

しかし、投資効率という世界共通の物差しが存在するビジネス界において、現場主義だけでは成果に結びつかないことがあります。

都合の悪い環境変化が起こっていても、それを見なかったこととしたり無関係であると片付け、手元の職人技に磨きをかけることのみに注意が向いているために、変化への対応を怠る。

後から言うのは簡単とはいえ、このような態度は個人や組織の意思決定で繰り返されてきましたし、今も時折、似たような場面に遭遇します。

では、現代を生きる私達がビジネスで成果を出そうとする時、どんな思考やスタンスで臨むべきなのでしょうか。

コントロールできない対象が成長の種

「日本を代表する会社」で思い浮かべる企業は数多くあると思いますが、トヨタ自動車もその1つかと思われます。

世界で認知された「カンバン方式」に代表されるプロセスマネジメントは、現場という「部分」を改善し続けることによって最適化する一方、その影響を他の部分や「全体」が引き受けることで、全体が最適化されます。

既存の定型業務を、可能な限り合理化する主体は現場社員であると定義し、各社員の評価にも反映される点は、広く知られています。

このような取り組みに加えて重要な視点は、社長から新人までが自分の判断や裁量で、既存業務と関係の薄い、新たな活動を行うことです。 

コントロールしにくい新たなことに挑戦していないことは、組織や個人の成長や前進の種を撒いていない危険な兆候である、という認識が肝要です。

日本的気質と第2領域

勤務時間の8割は担当業務の遂行とし、2割を自由に使うことを認めているグーグルが、社員に割り当てているのは「時間」です。  

今の商売を支えている既存業務は『7つの習慣』で紹介されている「第1領域(緊急で重要)」とし、新たな取り組みは「第2領域(緊急ではなく重要)」と位置付けるとしたら、既存業務の改善は「1.5領域」といったところでしょうか。

「日本的普遍」の気質を思い浮かべると、放っておけば、第1.5領域や第2領域にわざわざ踏み込む人は限られることが想像できます。

内なるエネルギーを大切にする、日本的気質を最大限に活かすため、外からの仕組みによるコントロールで、変化への対応と成果の獲得を志向する必要があります。

ここでコントロールする対象は「時間」です。

時間と行動

すなわち、日本的普遍で得意なのは「現在」と「部分」ですから、「現在と未来」の往来と「部分と全体」の往来を意識させるため、時間配分の仕組みを内包させることが肝要なのです。

日本人が疑わずに導入した、幹部が戦略計画を策定して実行部署がPDCAを回し続ける欧米式経営に、私達は少し慣れすぎました。

「未来の全体」という方針から「現在の部分」のプランを実行することは、誤解を恐れず申し上げるならば一方通行の単純なフォーマットであり、都合が良かったのです。

縦軸に「未来」と「現在」、横軸に「全体」と「部分」を置いたときに、「未来の全体」と、「現在の部分」の2象限だけではなく、「未来の部分」と「現在の全体」の2象限を加えた、4象限が姿を現します。

まずは、「現在の全体」を改めて捉え直し、戦略ストーリーを言語化する必要があります。

なぜなら、「過去」から実務的に対応してきた経験が、「全体文脈」に少しずつ影響を与え続けてきたからです。

その上で延長としての「未来」に思いを馳せると、「全体」と「部分」が鮮明な映像として見えてきます。

さらに、この進行方向に加えて、理想とする「未来」からの逆算方向から見えてくる要素も織り交ぜてみます。

最後に、今の「時間」を4象限のどの象限に働き掛けるのかを明確に意識し、「行動」に反映させることが肝要であると思うのです。