顧客との関係性の思想

関係性 顧客

先日、静岡県でのコンサルティングのお仕事の後に、駿河湾でイカ釣りを楽しみました。

駿河湾には水深2,500mに達する駿河湾海溝があって、日本一深い湾であるのと同時に、世界遺産で日本一高い富士山からの湧水が流れ込み、地形や黒潮の流れなど、様々な条件に恵まれているため、日本有数の漁場として有名です。

漁師の方に教えてもらいながら、なんとか満足のいく成果をあげ、その後は釣ったイカを、提携している料理屋で自分が捌いてみるというアクティビティにも参加しました。

料理屋の大将から、イカの刺身は、縦横無尽に包丁の切れ目を入れると美味しくなると教わりましたが、言われてみれば、店頭で販売しているイカの切れ目もそうですね。

イカはもともと横に筋が走っており、横の切れ目は甘さを引き立て、縦の切れ目は食感を引き立てるという役割があり、大変、美味しくいただきました。

私は漁のプロと、料理のプロのお陰で、駿河湾を存分に満喫した訳ですが、この満足感はどちらが欠けても得られなかったと思います。

人間分子の関係、網目の法則

この体験を通じ、『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著、岩波書店 )の「人間分子の関係、網目の法則」を思い出さずにはいられませんでした。

『君たちはどう生きるか』は1937年に出版された、歴史的名著といわれる小説で、2017年に漫画版が発売され、児童文学としては異例の200万部超の作品となっています。

舞台は1937年の東京で、主人公は中学生「コペル君」とその叔父さんです。社会や人生の意味について自分の頭で考え始めたコペル君を、叔父さんが教訓を交えて導いていくというストーリーです。

作品の中で、コペル君はオーストラリアでつくられた粉ミルクの缶が自分の手元にあるのを見て、「人間は世界中の知らない人どうしでつながっている」と気づき、「人間分子の関係、網目の法則」と名付けます。

(1)粉ミルクが日本に来るまで。

牛、牛の世話をする人、乳をしぼる人、それを工場に運ぶ人、工場で粉ミルクにする人、 かんにつめる人、かんを荷造りする人、それをトラックかなんかで鉄道にはこぶ人、汽車 に積みこむ人、汽車を動かす人、汽車から港へ運ぶ人、汽船に積みこむ人、汽船を動かす人。

(2)粉ミルクが日本に来てから。

汽船から荷をおろす人、それを倉庫にはこぶ人、倉庫の番人、売りさばきの商人、広告をする人、小売りの薬屋、薬屋までかんをはこぶ人、薬屋の主人、小僧、この小僧がうちの台所までもって来ます。

僕は、粉ミルクが、オーストラリアから、赤ん坊の僕のところまで、とてもとても長いリレーをやって来たのだと思いました。工場や汽車や汽船を作った人までいれると、何千人だか、何万人だか知れない、たくさんの人が、僕につながっているんだなと思いました。

〜中略〜

それを叔父さんに伝えると、叔父さんは「生産関係」ということばを教えてくれました。「生産関係」とは、生きてゆくのに必要なものをつくるために、協働したり、手分けしたりして働くことで、長い歴史のなかで、見ず知らずの他人同士の間にも、切っても切れない関係ができ、この関係から抜け出られる者はだれ一人いない。

『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著、岩波書店 )

1937年に書かれたものですが、我々の生きてる時代も全く同様です。

原始の時代では、少人数の集団内で協同や分業が行われていました。メンバーは全員顔見知りで、総出で狩りや漁を行うため、自分の食べる物や着る物が誰のお陰なのか、考えなくても分かっていました。

やがて、小集団同志での物々交換が行われたり、人間関係が広かったことに加え、集団自体が大きくなるにつれ、協同や分業が大規模となり、その関係性が複雑になって、自分たちが食べる物や着る物は、誰のお陰なのかが分からなくなります。

提供する方も、自分の作ったものを、誰が食べるのかは分からない。ただ、その対価として、自分が必要なものをもらうとか、必要なものを買うための金銭を受け取るという取引に発展していく。そうなると、誰が食べるのかは、提供する人にとって問題ではなくなります。

関係性の思想を持つ重要さ

こうして発展してきた経済システムの恩恵は、数知れませんが、その過程で発生した人間関係の歪みに対する警鐘と処方箋を、コペル君の叔父さんが提示します。

  • このつながりは人間らしい関係にはなっていない(争いが絶えない)
  • だからこそ、人間らしい関係を打ち立ててゆくことが大事
  • ふだん意識することはあまりないが、誰しもが他人に依存して生きてる。だからこそ、「人間らしい関係」を築くことが大切。
  • では「人間らしい関係」とはなにかというと、「お互いに好意をつくし、それを喜びとすること」
  • 親が子どものために何かをしても、報酬を欲しがったりはしないし、親友のために何かしてあげたら、それだけでもう十分うれしい。そんな関係がもっとも美しい。

『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著、岩波書店 )

駿河湾の漁師と料理屋は「顔が見える分業」で、観光客である私も、受益者という意味で「顔が見える分業」のメンバーの1人でした。

同書で紹介された「人間らしい関係」に基づいた分業が、3者によって総体を成したため、満足することができた訳です。

私達の商売では、顧客やパートナーと契約を元に関係が定まりますが、ビジネス活動においては非常に重要なことです。

しかし、約束した人と提供する人は、それこそ分業されている場合がほとんどですし、年月が流れる中で何も講じなければ「顔が見えない分業」となり、「人間らしい関係」が枯渇していく可能性が高まります。

私達には、商品・サービスを提供する最終顧客に加え、パートナーや協業相手という顧客の「2種類の顧客」が存在します。

後者に対しては、顧客という認識を忘れがちですし、前者との接点は、SNSや顧客管理システムなど、ツールのノウハウばかりに関心が行きがちです。

取り巻く人達との「関係性の思想」を、改めて確認していきたいものですね。