渋谷区の代々木公園近くに、オーナーのみが技術者の業歴約30年の美容院があります。
なかなか予約が取れないため、来店したほとんどのお客さんは、次の3回分の予約を入れて帰ります。
またお客さんの紹介者でも、3ヶ月後以降しか予約を入れられないため、基本的にお断りしています。
3年前ぐらいまでは、お客さんからの予約希望日を調整していましたが、現在は午前中は何時と何時スタートというような時間枠を設定して、お客さんに調整してもらっています。
立地は、半径約300メートル以内に毎年のように新たな美容院がオープンしている、東京メトロ千代田線の代々木公園の駅前です。
このエリアは渋谷駅から徒歩だと20分ぐらいで、駅前には雑誌にも紹介されるような、質はもちろんコンセプト、内装にもこだわった感度の高いカフェやパン屋さんなどが集まっています。
近くに住んでいる人は、昔からの資産家か、若い方だと外資系金融機関の方や経営者など、所得が平均より高い方がほとんどのようです。
代々木公園駅から歩いて約10分のワンルームマンションに頑張って住み始めた頃から、私も通っている美容院ですが、恐らく私から別の店に変えることはなく、閉店されるまで、お付き合いは続くだろうなと思っています。
このオーナーは、60歳前にも関わらず若々しくハンサムな方なので、かなりおモテになったと思われるのですが、バブル時代に女性誌に店が頻繁に掲載されたこともあり、浮かれそうになったことが何度もあったとおっしゃっていました。
2店目、3店目と事業拡大する金銭的条件、非金銭的条件を満たす機会もあったのですが、大きく心が揺れ動く中、事業を広げる前にお客さんの満足を追求する道を選びました。
自らに課したハードルの高さを示すセリフを、聞いたことがあります。
「お客さんが帰った後も、ああすれば良かった、こうすれば良かったって、ちょっとした不満が必ずあるんだよね〜」と。
お客さんは満足していても、自分は不満足ということですね。
また、どんなに予約が詰まっていても、予約枠の間は必ず30分開けます。
「もう歳だからゆっくりしたいんだ〜」
「でもね、次のお客さんが前に来た時の会話や髪型、さらに今はこうなってるだろう髪型を想像し、カットはこうしようって考えちゃんだよね〜」とおっしゃります。
1ヶ月、人によっては何ヶ月ぶりの方でも、彼の頭では継続して接客しており、数十分後から始まる接客まで、イメージトレーニングするのに必要な時間のようです。
「技術は嘘をつかない」というセリフも彼からよく聞きます。
高レベルの「プロフェッショナル精神」、「己に課した基準」、「あたり前」が骨格を作り、これに相応しい高い技術力を武器に、お客さんに価値を渡し続けているのです。
そして、その価値は「一見さんお断り」、「紹介者でも3ヶ月待ち」、「常連さんは3回セット予約」という、同業者の誰もが羨む飛び抜けた循環を生み出しています。
ホームページはなく、SNSはもちろん、広告出稿もしません。
同じ商圏の他店は、検索やツイッターにも出てこないこの店のことを詳しく知る術がありません。
経営は総合力だという人もいます、技術力だという人もいます、差別化だという人もいます。
しかし、私達が確認しないといけないのは、顧客に価値を渡し続けるための、自らや自社のプロフェッショナル精神だと思わずにはいられません。