プロフェッショナルが評価される社会

カメラマン 自己実現

スマートフォンの撮影機能の進化によって、 誰もが、ある程度のクオリティを担保した画像を、撮影できるようになりましたね。

また、数10万円、数100万円単位の、プロのカメラマンが扱うようなレベルの、本格的な高機能カメラも、テクノロジーの進化によって素人でも扱えるようになりました。

プロとアマチュア

先日、プロのカメラマンとして約25年、活躍されている方と会食をしましたが、そんな時代だからこそ、高単価の依頼が途切れず、ご商売が拡大し続け、1年先までスケジュールは埋まっているそうです。

この分野に私は明るくないですが、 プロのカメラマンの方は、被写体が、人のみ、人と風景、風景のみで、別々のレンズを使うそうです。

アマチュアの人は、高機能カメラを携えていても、それぞれのレンズを扱えるスキルを持っていないため、全部ひとつのレンズで対応しがちだそうです。

またその方は、連写をしないため、タイミングを見計らって、一発入魂のシャッターを切るそうです(この点はプロの方でも、人によって分かれるそうですね)。

それに対して、アマチュアの方はタイミングに自信がないですから、シャッターチャンスの前から連写し、その中から半ば偶然、撮影できた逸品を選びます。

となると、撮影枚数は、プロの何倍、何10倍になりますから、取捨選択にも何倍、何10倍の負荷がかかることになります。

工数は、実際にこなせる仕事の数にも影響しますし、レンズの最適化への対応の可否は、クオリティに影響しますから、 一側面だけ見ればと前置きした上で、カメラマンが持つ技術が、報酬そのものと連動することになります。

すなわち、本物のプロは、高い品質を要求される単価が高い依頼に、数多く対応することが可能です。

これに加え、撮影時の余裕が、現場の場づくりへの充分な配慮を可能としますから、被写体が人間であれば、特に差がつくことになるでしょう。

目の肥えた人が増えるほど、本物が評価される

スマートフォンの登場によって、一億総カメラマンとなりましたが、日常、当たり前のように撮影する人が増えれば増えるほど、目の肥えた人が増えていきます。

ただの記録として考えている場合、SNS などでコミュニケーションしたい場合、商用使用したい場合など、様々な用途があると思います。

その中で、高い品質が第一条件であるケースでは、評価や判断する人の目が肥えたからこそ、本物のプロに依頼する人が増えるのは当然の帰結です。

そこに至るまでには、膨大な工数、膨大な無駄、膨大な非効率、膨大な判断を経験し、プロフェッショナル精神という軸をぶらさず、経験を積み、勘所をつかみ、一撃必殺の判断で、最高の品質を提供できる世界に至った、と想像せずにはいられません。

どんな世界でも例外なく通る道であり、そんな方を、世の中が放って置くわけがありませんよね。