初めてのバイアウト

握手 バイアウト

同じ時期に起業した年の近い仲間が10人近くおり、7年後に上場した友人もいましたが、次々と脱落して会社員に戻ったり、行方不明になった人もいました。

従業員は30人以上になったものの、運が良かっただけで盤石にはほど遠く、風が吹けばすぐに飛ぶような会社です。

さらに成長しなければこの会社に未来はないと認識していました。しかし、自分にはその意味も見出せずにいました。

バイアウトを考えるようになったきっかけ

生存本能のようなものが牽引し、その心配がなくなれば、人生の意味とか時間の使い方とか、より人間らしい欲求に変わっていくのでしょう。

そんなことを経営者仲間に話すと、アメリカではバイアウトが1つのエグジットだと聞きました。

調べていくと、日本でも孫正義さんは自動翻訳機を松下電器に売却し、1年間ビジネスモデルを考え続けソフトバンクを起業しました。

本田宗一郎さんも、東海精機重工業という会社をトヨタグループに売却した1年後、本田技研工業を創業しました。

会社売却というと、当時の私には立ち行かなくなった会社が身売りするイメージしかありませんでしたが、こうしたエピソードを知らないだけでした。

M&A仲介会社と連絡を取り、事業概要や財務概要などを匿名で公開してもらうと、すぐに候補となりそうな企業が5社ぐらい、希望価格前後で興味を示しているとのことでした。

早速、売却に向けた準備に取り掛かり、すぐ売れるだろうと思っていましたが、それまでの大人でないマネジメント体制が原因で、険しい道の始まりとなりました。

創業社長は経営者でもあり、投資家でもある

創業社長は経営者でもありますが、 未公開株式の大株主でもあります。

経営者の側面では、会社を成長させ事業の存続のために、戦略と行動の責任を担います。

株主の側面では、投じた資金にレバレッジを効かせ、リターンを最大化させる投資家です。

伸ばすべきは経営者の実力だと思いますし、その結果、事業成果が出たからこそ流動性のある金融商品として考えることができます。

私自身、投資にはほとんど興味がありませんので、低リスク商品や応援したい会社にしか投資していませんが、バイアウトは結果責任が明確で、一番地に足のついた投資ではないかと思います。

株式投資、不動産投資、仮想通貨などは、他人の作ったシステムに依存しており、アマチュアはプロのカモになるだけの世界ではないでしょうか。

バイアウトの大きなメリット

また、バイアウトのもう1つ大きなメリットは、時間を手に入れることができることです。

私の場合、会社員退職と起業の間で時間を空けることができず、翌月から違う現実と戦わざるを得ず、立ち止まって考える時間はありませんでした。

誤解を恐れず申し上げるならば、今の仕事で頭が支配されている時に、新しいことなんて入ってくるはずもなく、全て空にしないと、人生の大きな意思決定はできないんじゃないかと、私は思います。

この点は、日本で人生100年時代の議論のきっかけとなった、リンダ グラットンの『LIFE SHIFT』でも語られています。

同著のメッセージは、「寿命が伸びることによる、長く働くことの必要性」と「長い人生における、余白期間の重要性」でした。

生活する手段として起業し、作った会社を売却する。経済的な側面、人生設計の側面でメリットがあります。

同じエグジットでも、株式公開した場合は、そこからさらに頑張らねばなりませんし、場合によっては、会社を成長させるために、買収する立場になりますから、売却する立場とは全く逆のベクトルですね。

これまで以上に、経営者の時間は公のものとなるのではないでしょうか。

バイアウト後、どう過ごしたか

さて、売却に関する引き継ぎや、従業員の転籍など全てが終了すると、これまでの騒ぎが嘘のように、暇になります。

何のストレスもなく、仲のいい身近な人とだけの交流、長めの海外旅行など、最初は楽しいですが、数ヶ月もすれば飽きます。

紹介でプライベートバンクなるものに入ってみると、人脈の紹介、投資物件の紹介、全く知らない富裕層世界のお作法も教えてくれました。

成金みたいな私からすると、新鮮で物珍しかったですが、一通り経験すると全く興味がなく、その後、手数料が安いネットバンクに全て移しました。

一方、売却した会社経営時に取得した、中小企業診断士に関係する活動は、全く行うことなく1年半が経過していました。

資格保有者の会合に参加するようになると、実業の元経営者で女性市場に詳しいということから、色々とお声掛け頂き仕事をさせて頂きました。

全国の商工会議所の講師を、年間50日以上させてもらったり、資格の受験講座講師、大学講師、行政機関や自治体の公職なども務めさせていただきました。

またある時は、シンクタンクのコンサルティング部門のクライアントである、上場企業の販売会社改革や外資系企業の日本進出の支援など、2年弱、中小企業診断士らしいお仕事をさせて頂きました。

もともと、講師の仕事をしてみたいイメージはあり、幸運にもすぐに実現したのですが、可能な限り貢献させて頂いたものの「ゆくゆくはやっていきたいけど、今じゃないな。。」と、自分の中に軸を打ち立てられないまま、悶々としていました。

そんな時期、ある出会いから2回目の起業をすることになります。